両家の挨拶の失敗

私の知り合いに起こった、ちょっとした考え方の違いから起こった失敗話をしましょう。
結婚が決まって、両親への報告も終わり、新郎側の両親が新婦側の家庭へ挨拶に
伺ったときのことです。
お互いの親交を深め、結婚式の日取りや準備の話をするはずだったと聞いています。
車で2時間近くかかる距離をわざわざ出向いてもらったことに、新婦側夫婦は丁重に
もてなし、最初はとってもよいムードだったそうです。
会話が「立派なお宅ですね、見晴らしもすばらしい」と新郎側から、自宅を
ほめられて新婦側父もとても機嫌よく接していたときでした。
「この庭はどのくらいかかりましたか?」とお金の話になったそうです。
その途端、新婦側夫婦の不信が沸いたようになり、その場では事を荒立てるようなこと
はなかったようですが、新郎側家族が帰った後、新婦は結婚について考えるよ
言われたとか・・・
それでも彼女は、自分の意思を通し、結婚しましたが、両家の関係は思わしくありません。
環境や考え方の違いから、最初からお金にかかわるような話を嫌う家庭もあることを
踏まえ、挨拶をする必要があるということですね。

叔父の挨拶

私が今でも覚えている、私の結婚式の際の叔父の言葉をひとつ紹介します。
もう16年も前になるので、うろ覚えなところもありますが、内容としては・・・
「家庭において、一家の大黒柱である夫は、人の体に当てはめると、まさに“頭”で
あり、妻はその頭を支える“首”である」という話を盛り込み、挨拶をしてくれました。
夫を出世させるも、堕落させるも、頭を支える“首”次第だ・・・という、私への
とっても重たい、そして暖かい激励の言葉でした。
首が痛んだりすると、頭は回転し辛くなります。
しっかり「内助の功」に徹しなさい・・・ということだと、当時はとらえました。
そして、今は違う意味でその言葉を理解できるようになりました。
夫が仕事ばかり一生懸命で自分の方を、そして家庭のほうを返りむいてくれない・・・と、
わがままを感じるとき、それは、自分自身にもある程度責任があるのだ、ということです。
首がそのことにこだわり、動かないようになると、頭も1方向だけしか見えません。
頭は首を動かさない限り、後ろや横が見えないのです。
言葉というものの中に、いろんな意味合いがあるのを改めて、感じれるような
挨拶をしてくれた叔父に感謝をしています。

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